山本晶氏インタビュー 『マーケティング4.0』との向き合い方

インタビュー

『マーケティング4.0』では「購買」がゴールとされていた従来のカスタマージャーニーが大幅に刷新され、「推奨」行動を包含する新たなカスタマージャーニーが提唱されました。これからの時代、消費者の推奨行動をどのようにマーケティングに取り入れていくべきなのでしょうか。『キーパーソン・マーケティング』などを著書に持ち、インフルエンサーマーケティングに詳しい、慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 准教授 山本 晶(やまもとひかる)氏に、マーケティング4.0との向き合い方について聞きました。

「バズる」に踊らされないように

『マーケティング4.0』について、一番すばらしいと感じるのは、そこで示された「5A」フレームワーク の最後のステージが「推奨」であるということです。長いマーケティングの歴史の中で、顧客を導くゴールは「購買」だとされてきました。それに対して「5A」は、ゴールを「購買」ではなく「推奨」としたことが非常に有意義なポイントだと考えています。

「推奨」をゴールとする際に、前提となっているのが「能動的な消費者」です。「購買」が企業から提供される物に対する受け身の行為であるとすると、「推奨」は企業から権限を委譲され、エンパワーされた消費者の自発的な行為といえます。ですから『マーケティング4.0』の活用とは、発信する意欲があってその能力を備えている消費者に対して、いかに自社の商品を語ってもらい、拡散してもらうかに取り組むことが大切だと考えています。

ただし、消費者に拡散してもらうことにあまりに力点を置かないように気をつけるべきです。最近のマーケティング活動を見ていると「バズる」ということが、一人歩きをしているように感じます。

現在行われているインフルエンサーマーケティングは、「金銭的なインセンティブを与えて口コミを拡散してもらう」という姿になりがちです。しかしそれは製品・サービスへの関心や感動に基づく自然発生的な口コミではなく、人工的に演出された不自然な姿でないでしょうか。現代では、嘘はすぐに見抜かれ、マーケティングの匂いは消費者を遠ざけていきます。あくまでも企業は本物のストーリーを語り、消費者に感動や驚きを与えて心から「推奨」をしてもらうことを目指さなくてはなりません。

マーケティングのルールが変わってきた

金銭的なインセンティブがない場合でも、消費者が自然に推奨行動をとる姿は、あちこちで見られます。オフラインの事例として、クラフトビールメーカーの施策があります。たとえば醸造所見学ツアーを通じてファンと対面しながらビールを楽しむというイベントは、消費者が自然と楽しくなり写真を撮ってSNSに投稿したくなる施策だと思います。また、オンラインでは、D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)のアパレルや化粧品のブランドが、インスタライブなどの形で実際の商品の作り手・インフルエンサーとファンとの交流を促し、その結果として自然にコンテンツがアップされ「推奨」が行われています。

1つ1つの商品の売上規模にかかわらず、「絶対にインスタライブを見逃さない」「ポップアップストアに足を運んで自分もつぶやく」といった熱狂的なファンがついている。そうしたブランドは、たとえ規模が小さくとも『マーケティング4.0』を上手に活用しているといえるのではないでしょうか。

マスマーケティングの時代のように莫大な予算をかけて広告を大量に投下すれば、ファンを作れるかというと、決してそうではありません。現在の企業のマーケティング活動は、身体が小さく体力がなくても、技で勝つことができる。そうしたおもしろい状況になってきているのではないかと思います。 

キーワードや数字の表面だけを見てはいけない

『マーケティング4.0』は、非常に奥が深い本ですが、表面的に理解されてしまうことが多いとも感じています。中でも残念なのが、口コミに関する誤解です。

口コミについては、オンライン特有の概念として捉えられている傾向を、もったいないと思っています。オフラインの口コミの方が、インパクトが大きい可能性が高いためです。オフラインとオンラインの垣根がないことが、『マーケティング4.0』の特徴の一つです。オフラインのリアルな体験の力と、オンラインの距離を超えて人を集める力の、両方を活用することで口コミによる「推奨」を得ることができます。

その他、ロイヤルティについても、より深く考えてみることをお勧めします。5Aフレームワークの基盤となっているのはロイヤルティの概念ですが、ロイヤルティには行動と心理の両面があります。行動面のロイヤルティが高く見えても、「本当は好きではないけれど、何らかの理由でいやいや購入している」「単に解約を忘れているから、退会していない」といったように心理面のロイヤルティを伴っていないケースもあります。自社の5Aを測定し有効に活用するには、見せかけのロイヤルティに惑わされないことが求められます。

ビジョンやミッションが問われる時代になってきている

私はビジネススクールに所属していて、いろいろな企業に勤務しながら勉強する皆さんにマーケティングの講義をしていますが、『マーケティング1.0』~『マーケティング4.0』の話をする際には、「皆さんの会社は1.0から4.0のどの段階ですか」と質問しています。

すると4.0と答える人はほとんどいません。3.0と答える人も少なく、2.0という人が最も多く、1.0という人も確実にいるというのが実態です。

コトラー先生は、B2Cのパッケージグッズを前提に『マーケティング4.0』を書かれているのかもしれませんが、私の講義で接する人たちが関わるビジネスのモデルはさまざまです。B2Cにかぎらず B2BやB2Gなど多様な市場の人がいます。また、それぞれの業界が置かれた環境も多岐にわたっています。ただし、どの業界にも共通していえるのは、社会との関わり方や地球環境への配慮の仕方など、企業がどういう理念を持っているのか、すなわちビジョンやミッションが問われる時代になってきているということです。

今、SDGs(持続可能な開発目標)が注目されていますが、数年前はCSV(共通価値の創造)が話題になっていました。こうした流れを見ていると、企業はコーポレートシチズン(企業市民)としてサスティナブルな社会の実現に貢献することを重要視する『マーケティング3.0』や『マーケティング4.0』の考え方は、確実に定着してきているといえます。

それでも『マーケティング1.0』のように、商品開発や機能の差別化が大きな意味を持つ業界も存在しています。また『マーケティング2.0』で取り上げられた顧客満足を重視する活動が、過去のものになったわけではありません。つまり、誰もが一足飛びに『マーケティング4.0』を目指さなくてはいけないかというと、必ずしもそうではないでしょう。『マーケティング4.0』や5Aを参考にしながら、それぞれの業界や企業ごとに自身のマーケティングのあり方を追求すればいいのではないかと思います。


慶應義塾大学大学院経営管理研究科 ビジネス・スクール准教授 山本 晶(やまもと・ひかる)氏 プロフィール
1996年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。外資系広告代理店勤務を経て、2001年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。2004年同大学院博士課程修了 博士(経済学)。東京大学大学院助手、成蹊大学経済学部専任講師および准教授を経て、2014年4月より慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授

専門はマーケティングで、主にデジタル環境下における消費者行動の研究に従事。日本マーケティング学会(常任理事)、日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、日本商業学会、INFORMS、の各会員

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